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奈良地方裁判所 平成5年(ワ)83号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 田中啓義

同 北岡秀晃

同 小倉真樹

同 津田浩克

同 本多久美子

同 馬場勝也

同 中村明子

被告 コスモ証券株式会社

右代表者代表取締役 中野博

右訴訟代理人弁護士 鎌倉利行

同 桧垣誠次

同 鎌倉利光

主文

一  被告は、原告に対し、二二七万九三一二円及びこれに対する平成五年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金額の支払をせよ。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び争点

第一当事者の求める裁判

一  原告

主文同旨の判決及び仮執行宣言。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決。

第二当事者の主張

一  被告の認める原告の請求原因事実

1  原告は昭和一三年三月四日生まれの主婦であり、被告は証券業を営む会社である。

2  原告は、平成元年一一月一日(約定日)、被告から、次のとおりのワラント(以下「本件ワラント」という)を購入したとされ、被告に対し、合計一九七万九三一二円を支払った(以下「本件ワラント取引」という)。

(一)  銘柄名 ドル建てワラント十条製紙93(2)

数 量 五枚

行使期限 平成五年四月一日

買付価格 六四万七七七五円

(二)  銘柄名 ドル建てワラント三菱化成93(3)

数 量 一〇枚

行使期限 平成五年六月三〇日

買付価格 一三三万一五三七円

3  ワラントとは、新株引受権ないしこれを表章する証券のことであり、「ある会社の株式を一定の期間内(行使期間)に、一定の価格(行使価格)で、一定量購入することのできる権利(証券)」である。ワラントの価格は、株価に連動して変動するが、その変動幅は株価よりも大きく、行使期間を経過すると無価値になるという特性を有する。

二  被告の争う原告の請求原因事実

1  原告の属性

(一)  原告は、中学校を卒業した後一年間洋裁学校に学び、二八歳で結婚するまで洋品店に勤務していた。結婚後は、時々パートとして働く程度で専ら主婦として家事に専念し、昭和五七年一一月二〇日に夫を交通事故で亡くして後、現在まで独り暮らしを続けてきた。

(二)  原告は、町営住宅に居住し、夫の遺した年金と、月額五万円程度のパート収入によって生計を支えている。

2  本件投資資金の性質

原告は、夫の死亡事故による約三五〇〇万円の損害賠償金、昭和六二年ころに不良住宅改良事業の一環として大宇陀町に自宅建物を買い上げてもらった代金約七〇〇万円及び僅かな手持資金を証券投資に当てていた。これらは、不動産等他の財産はなく、夫を亡くし、子どものいない原告にとっては、老後のために欠くことのできない財産であり、一円たりとも減らすことのできない性質の資金であった。

3  原告の投資経験と投資指向

(一)  原告は、被告との取引に至るまで、証券取引を行った経験はなく、被告以外との取引はしたことがない。

(二)  原告は、被告における原告の担当社員であった浅川泰男(以下「浅川」という)から、割引債券が銀行預金よりも有利であると勧誘されて購入したのをきっかけとして、以後、転換社債、投資信託及び現物株式の取引を行ってきたが、いずれも元本割れの危険が全くないか、極めて少ない取引であった。

4  本件ワラント取引の経緯

(一)  平成元年一一月、原告方に突然、被告の梅田支店から、ワラントの預り証と内訳明細書が送られてきた。原告は、ワラントがいかなる商品であるのか全く知識がなかったばかりでなく、それを購入した覚えもなかったので、電話で浅川に対し、「一体何のことか。なんでわけのわからんのを勝手に買ったのか」と尋ねた。すると、浅川は、「今絶対にいい商品だから損させない。だから買ったんです」と言った。原告が、「買ったのならしょうがないなあ。元金だけは保証できるようにしておいてください」と言うと、浅川は、「心配しないでください」と言った。

(二)  原告としては、浅川が、それまで元金を割るような運用の仕方をしていなかったので、浅川の言を信用し、事後承諾する形になったのである。その後、浅川とは、ワリチョーや転換社債の利息を受け取るときに、大阪梅田の大丸百貨店内の喫茶店で会ったことがあるが、その時もワラントについての説明は一切なかった。

(三)  原告は、いつのことかはっきりしないが、浅川から「手続で必要だから」と言われて何らかの書面に署名押印した記憶がある。しかし、原告は、浅川から、ワラントに関する書類であることの説明を受けて署名押印したことはない。

(四)  原告は、(一)記載の出来事の後半年くらいたって、友人から、ワラントは藁みたいなものだと聞いて心配になり、浅川に電話すると、浅川は、「今は下がっているが、必ず埋め合わせするから」と言った。その後、浅川と会ったときも、浅川は、「自分もこんな商品とは知らなかった」と言い、原告を憤慨させる一方で、「今は下がっているが、期限があるので、その間に他のに乗り換えて取り返すから」と原告を安心させていた。ところが、浅川は、平成四年九月に富山に転勤になり、同年一〇月、後任の田代芳郎(以下「田代」という)から、本件ワラントについて、「ゼロになっているからどうにもならない」と言われ、原告が被告の責任を追求すると、「印を押しているから通らへん」と原告を突っぱねた。

(五)  結局、原告の有する本件ワラントは、いずれも、現在の価格が零円となっている。

5  本件ワラント取引の違法性

(一)  無断売買及び事後承諾押しつけの禁止違反

顧客に対する証券の無断売買が許されないことはいうまでもない。事後承諾の押しつけは、大蔵省投資者本位通達四項(ロ)によって禁止されている。しかも、本件の場合、浅川は原告に対し、ワラント買い付けを既成事実として、原告に事後承諾の自由な意思を問うことも、また、その前提としてのワラントの商品内容の説明も全くしないままに事後承諾をさせたものであって、これは、事後承諾の強要ないし詐取とも評価できる行為である。

(二)  説明義務違反

浅川は、原告に本件ワラントの無断売買を事後承諾させるにあたり、ワラントの基本的性格や、ワラント取引の危険性を含め、何らの説明もしていない。もとより、日本証券業協会公正慣習規則九号の五条で要求されている説明書の交付もしていない。のみならず、浅川は、「絶対損をさせない」とか、「(元金保証について)心配しないでください」など、ワラントの性格としては虚偽の表示をしており、本件ワラント取引後における改正前の証券取引法五〇条一項五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号にも違反している。

(三)  適合性の原則違反

証券取引における自己責任の原則は、その大前提として、顧客が当該取引を自己の責任において行い得るだけの能力、経験、資力等を有していることが必要である。そこで、前記投資者本位通達においては、証券会社が顧客に対して投資勧誘をする際に、投資者の意向、投資経験及び資力に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すべきこと、特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期すること(同通達1(2))、取引開始基準を作成して、この基準に合致する投資者に限り取引を行うべきこと(同通達1(3))を定めて、適合性の原則を言明している。

ところが、原告は、職業に就いていない未亡人であり、本件ワラント取引まではワリチョー等、夫の保険金等を原資とし、その原資が目減りしないように安全かつ堅実な資金運用をしてきたのであって、原告は、証券取引についてはほとんど知識のない素人と言ってよい。このような原告に対してワラントを購入させるのは、適合性の原則に反する。

6  被告の責任

(一)  被告は、浅川ら外務員に右の違法な勧誘行為をなさないように指導する義務があったのに、それを行わなかった。これは、原告と被告間のワラント取引契約上の本質的な義務違反であって、被告は原告に対し、債務不履行責任を負う。

(二)  また、右は原告に対する会社ぐるみの不法行為にも当たり、被告は不法行為責任を負う。

(三)  仮に、被告に会社ぐるみの不法行為がないとしても、浅川の行為について使用者責任を負う。

7  原告の損害

原告は、被告あるいは浅川の5項記載の違法な勧誘行為により本件ワラントを購入させられ、その代金一九七万九三一二円を支払った。

ところが、本件ワラントの本件訴訟提起時(平成五年二月一八日)における価格は零円であるので、原告は、本件ワラントの購入代金と同額の損害を被った。

三  本件請求

よって、原告は被告に対し、民法四一五条、七〇九条又は七一五条に基づき、二項7記載の損害額一九七万九三一二円及び本件訴訟を提起するために要した弁護士費用三〇万円の合計二二七万九三一二円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成五年三月三日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  原告の争う被告の主張

1  原告の資産状況及び投資経験について

原告は、浅川に対し、道路施設事業のため奈良県に三メートル幅で三〇〇メートルもの土地を買収されたといった話や、原告の弟がその所有する山林に松茸を採りにいったという話をし、不動産については相当の資産を有している様子であった。また、原告は、頻繁に海外旅行やゴルフ旅行に行ったという話もしていた。

株式取引についても、原告は浅川に対し、他の証券会社で日本航空株という高額株式を一万株も売買したとか、NTT株を一〇ないし二〇株保有しているが、値が下がっているので「塩漬け」にしているという話をしていた。

原告は、被告との取引においても、昭和六三年五月に株式の現物取引を開始して以降、新たな資金を投入して数百万円単位の取引を繰り返し行っていた。そのほか、原告は、株式市況を熱心に研究していた様子であり、その取引する株式銘柄のほとんど全てが原告からの指定によるものであった。

これらの事実からすると、原告は、その資産状況の点からしても、証券取引についての知識や経験の点からしても、ワラントの購入を勧誘するのに適した顧客であった。

2  本件ワラント取引に至る経緯について

(一)  原告は、昭和六三年七月に五〇〇万円で購入したインデックス225という投資信託が、わずか一年間に七十数万円も値上がりしたことから、平成元年九月にこれを売却し、その売却代金のうち五〇万円だけを出金し、残額は原告の口座に保管しておくよう浅川に指示した。同年一〇月一二日、原告から浅川に電話があり、右保管金を資金に三共株を一〇〇〇株買いたいとの指示があった。三共株一〇〇〇株の購入には三百十数万円を要したが、それでも右保管金が二百数十万円残っていたことから、浅川が右残金の処理方法について原告の指示を求めたところ、二〇〇万円については「何か買うから」口座に残しておくよう指示を受け、十数万円だけを出金することになった。

(二)  原告と浅川との間の現金や書類等の受渡しについては、従来から、原告が来阪する用事のある際に、原告から浅川にその旨の連絡があり、そのとき持ち合わせの時刻と場所を決めて行っていたところ、この時は、同年一〇月二七日に原告から浅川に電話があり、当日大阪まで来る用事があるということで、その日の午後から大阪梅田の大丸百貨店前で待ち合わせることとし、同ビル一階の喫茶店で受渡しを行った。受渡し自体は、通常五ないし一〇分くらいしか要しないが、浅川は、受渡し後も原告の都合の良い時刻まで時間潰しに付き合うことが多く、原告と会った際には、短くとも三〇分程度は話をしており、この時も、原告の次の待ち合わせ時刻との関係で、約一時間一緒に右喫茶店にいた。

(三)  右喫茶店では、まず、三共株の受渡しを行ったが、残りの時間は、原告の口座に残っていた二〇〇万円の運用方法の話となり、最初に原告から、右二〇〇万円の範囲内で何か儲かる商品を買いたいとの相談があった。そこで、浅川は、原告には株式取引のほか、投資信託や転換社債の取引も行ってもらっていたことから、新しい商品としてワラントを勧めることとし、ワラント取引が一定数の株式を一定の価格で購入する権利の売買であり、行使期間内に行使しなければ権利を失ってしまうこと、ワラント価格は株価に連動しているが、その値動き幅は株価よりも大きいこと、外貨建てなので、為替による変動のあることなど、ワラント取引のメリットやリスクについての説明を数十分かけて行った。その結果、原告は、「金額も少ないし、ちょっと遊んでみようかな」と言って、ワラント取引を行うことに決め、浅川に対し、具体的銘柄を検討した上であらためて連絡するよう指示したのであり、原告は、この時点で、ワラント取引のメリットやリスクについて十分認識していた。

(四)  浅川は、同年一一月一日の午前中に原告に電話し、本件ワラントの各銘柄が会社の業績に比べて株価・ワラント価格共に割安であり、有望である旨を伝えると共に、数量・単価・行使期限・行使株数・行使価格などを告げて本件ワラントの購入を勧誘し、原告もその説明に納得して購入を指示した。

(五)  右成約以後、浅川は、翌二日に本件ワラントの約定金額を連絡するため原告方に電話連絡し、原告が不在であったため留守番電話に用件を入れておいたのをはじめとして、ワラント取引の受渡日時の打合せやワラントの保護預り料の入金の確認等のため何度か原告に電話連絡をしたが、原告が大阪に出てくる用事がなく、具体的な受渡日時をなかなか決められずにいたところ、同年一二月一七日あるいは一八日に原告から電話があり、急に現金が入り用とのことで、以前から保護預り保管中であったシステムミックスP無分配型の投資信託の売却依頼があり、同月二一日に本件ワラントの件も併せて受渡しを行うことになった。

(六)  受渡し当日は、一一月二七日の際と同様、梅田の大丸百貨店前で待ち合わせ、同ビル一階の喫茶店で受渡しを行い、本件ワラント取引についても、浅川が持参した「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」と、「外国新株引受権証券取引説明書」や預り証、内訳明細書を交付した。

その際、浅川は原告に対し、各書類の趣旨を説明し、本件ワラントの価格の現状やこれからの見通しについても原告と話し合い、原告もこれらの点について十分に認識したはずである。

3  本件ワラント取引後の状況について

本件ワラント取引以後も、従来どおり、原告と被告間の証券取引は継続して行われており、原告の担当者も、平成四年七月に浅川が転勤するまで同人であったことから、浅川は、2項(六)記載の平成元年一二月二一日の受渡しの時も含めて本件ワラントの時価について繰り返し原告に伝えている。被告は、原告から、浅川が転勤になるまでの間に、本件ワラント取引についての苦情を受けたこともない。

第三証拠

記録中の書証目録、証人等目録各調書の記載を引用する。

理由

一  前提事実の認定

1  原告の経歴及び証券投資経験等

証人浅川泰男の証言(後記信用しない部分を除く)、原告本人尋問の結果、成立に争いのない乙一の一ないし一七、乙二の一ないし七によると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、中学校を卒業後、一年間洋裁学校で学んだ後、二八歳で結婚するまで洋品店に勤め、その後は現在に至るまで、時々パートに勤めた経験しか有していない。原告は、昭和五七年一一月二〇日に夫を交通事故でなくし、昭和六二年ころ、それまで居住していた夫名義の自宅が奈良県大宇陀町に買い上げられた後は、町営住宅で独り暮らしをしてきた。

(二)  原告は、昭和五八年二、三月ころ、夫の交通事故の賠償金の内金として一〇〇〇万円を受領したことから、近畿日本鉄道(以下「近鉄」という)株を購入して、近鉄電車のフリーパスを取得したいと考え、原告の実弟である山崎に相談した。すると、原告は、山崎から、その勤務先会社に出入りしていた被告大阪駅前営業所に勤務していた被告の営業担当社員(外務員)であった浅川を紹介された。そこで、原告が浅川に対し、近鉄株を購入したい旨相談したところ、右一〇〇〇万円ではフリーパスをもらえるほど多くの近鉄株を購入できないことが判明したため、結局、昭和五八年一一月ころ、浅川の、銀行定期預金などよりも金利面で有利であるなどという勧めに応じて割引債券(ワリチョー)を額面一〇〇〇万円分購入した。そして、原告は、その後も、(四)で認定するように、昭和六三年五月二四日以降、若干の現物による株式投資を行ったり、本件ワラント取引を行ったほかは、平成四年一二月二九日を最後に被告との取引を終えるまでの間、昭和五九年ないし六〇年ころ取得した夫の交通事故の賠償金残金の二五〇〇万円や、前記夫名義の自宅の売却代金約七〇〇万円等の資金を、浅川の勧めに応じて、割引債券及び利付国庫債券(以下「割引債券等」という)並びに転換社債等、投資元本の保証される安全な商品や、当時、一般には元本割れを起こすことのない比較的安全な商品であると理解され、また、実際にも当時そのように運用されていた投資信託等にのみ投資してきたものであって、本件ワラント取引を行うまで、損を生じたことはなかった。

(三)  なお、原告は、被告との右取引の間、転換社債については、主として新規発行され募集中のものを額面金額で購入し、それが証券取引所に上場されて値が付くと(中には利子を受け取った後に)、それを売却する方法で利益を上げ、株式への転換権を行使したものはなかった。そして、原告は、たとえば昭和六二年二月二〇日に代金一〇〇万円で購入した日本電気転換社債一〇〇〇口を約一か月後の同年三月二三日に売り付けて一四万一六八六円の利益を上げたのを始めとして、同年三月三一日に代金一〇〇万円で購入した三井不動産転換社債一〇〇〇口を半月後の同年四月一六日に売り付けて三九万六一五四円の、同年四月二八日に代金一〇〇万円で購入した松下電気産業転換社債一〇〇〇口を同年五月二〇日に売り付けて二三万七八九三円の、同年五月三〇日に代金一〇〇万円で購入した芦森工業転換社債一〇〇〇口を同年七月一五日に売り付けて一九万〇一三〇円のそれぞれ利益を上げるなどの転換社債への投資を繰り返し、平成元年に入ってからでも、同年二月九日に売りつけたトヨタ自動車転換社債によって一六万六四九五円の、同年二月一四日売り付けた東京電力転換社債によって三週間で一八万五七一三円の、それぞれ利益を上げるなどした。

(四)  原告は、昭和六三年五月二四日、日立造船株二〇〇〇株を六〇万三一五二円で購入し、同年七月一一日に一〇七万三〇七四円で売却して利益を上げたのを始めとして、同年七月一五日に丸紅株二〇〇〇株を一三七万五六〇〇円で購入し、同年一一月九日に一四二万三五五六円で売却して利益を上げ、同年七月一四日及び平成元年九月二一日ににっかつ株合計四〇〇〇株を合計一九四万三二九八円で購入し、平成二年六月二九日に二〇五万〇六五八円で売却して利益を上げ、さらに、平成二年一二月七日に日本鋼管株五〇〇〇株を一八一万九二六一円で購入し、平成三年二月一二日に二〇三万一一〇四円で売却して利益を上げた。また、原告は、平成元年七月四日及び同月五日に近鉄株合計五〇〇〇株を代金合計六二六万五九六一円で、同年一〇月一六日に三共株一〇〇〇株を代金三一三万三八八七円で、平成三年三月八日に日本鋼管株五〇〇〇株を代金二一九万七七三七円で、平成四年五月二二日に住友金属工業株三〇〇〇株を代金九〇万四五八九円でそれぞれ購入し、右のうち、近鉄、日本鋼管及び住友金属工業株については、平成七年六月一日の時点でそのまま保有している。

原告は、株式の購入については、浅川の勧めではなく、自己の判断に基づいて行っていたが、自ら積極的に株価等の動きについて研究予測するタイプではなく、株式や投資信託及び転換社債の売却については、浅川からその値動きについての情報やアドバイスを聞いて、それを参考に決定していた。原告は、購入する株式の銘柄については、比較的名の通った大きな会社でかつ株価の比較的安いものを選ぶように心掛けていた。なお、原告が、本件ワラント取引以前に被告以外の証券会社を介してワラントや株式の取引を行っていたと認めるに足りる客観的な証拠は存しない。

2  本件ワラント取引に至る経緯について

前掲各証拠及びいずれも成立に争いのない甲B一ないし四、乙三、四によると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、平成元年九月二五日、インデックス225(投資信託)を売り付けた結果、同時点において、被告における原告名義の口座には、それ以前に同口座に入金されていたインデックス225の分配金四万円と併せ、五七六万二一〇〇円の現金が存した。原告は、同年一〇月二日、右口座から五〇万円を出金した。原告は、同月一二日、1項(四)で認定した三共株を購入し、同月一六日、その代金として、右口座から三一三万三八八七円を出金した。その結果、同日において、右口座残高は二一二万八二一三円となった。同月二七日、原告は、大阪市北区梅田に所在する大丸百貨店(大阪駅ビル)一階の喫茶店で浅川と会い、右三共株の受渡し(被告から原告に対し、右三共の株券を預かっている旨を示す証書を手渡すこと)を行うと同時に、当日朝、浅川に電話で原告の口座から出金するように依頼しておいた一二万八二一三円の現金を受け取った。その結果、同日における右口座残高は二〇〇万円となった。

なお、右の際、原告は、浅川に対し、右口座残高の二〇〇万円で、新規発行の転換社債を購入したい旨希望したが、浅川から、当時募集中の転換社債がない旨の返答があった。また、原告は、その際、株式には興味を示さなかった。そこで、浅川は原告に対し、ワラントについての話をした(その詳細については、二項で検討する)。

(二)  平成元年一一月一日、原告が本件ワラントを購入し、同月八日にはその受渡しがなされたとして、被告における原告名義の口座から一九七万九三一二円が出金された。

しかしながら、実際には、本件ワラントの被告から原告に対する受渡し(被告から原告に対し、甲B一、三の本件ワラントの預り証を手渡すこと)は、同年一二月二一日に、浅川が原告と会って行われた(甲B一、三の作成年月日欄参照)。

なお、原告は、平成元年一一月二日以降、同月一〇日ころに被告の事務センターから送られてきた本件ワラント取引の報告書を受け取って浅川に電話連絡するまで、浅川と直接話をしたことはなかった。

(三)  浅川は、同年一二月二一日に原告と会った際、原告に対し、「私は貴社から受領した『外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書』の内容を理解し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います」との記載のある、被告あての「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙三)及び「外国証券取引口座設定約諾書」(乙四)にそれぞれ署名捺印をさせると共に、外貨建ワラントの取引説明書(乙六とは異なる、一枚の紙を二つ折りにしたもの)を交付したが、その場で原告にそれについて説明するとか、読ませるなどはしなかった。

3  本件ワラント取引後の状況について

(一)本件ワラントは、平成元年一二月二一日の受渡しの際には、原告の購入価格よりも若干値上がりしていたが、平成二年に入ってからは、株式相場全体の値崩れと共に値下がりした。原告は、本件ワラントを転売することなく保有し続けたが、本件ワラントは、平成二年八、九月ころには原告が購入した価格のおおよそ半値になり、平成四年七月に浅川が被告の富山支店に転勤になったころには、主に株価が暴落していたこと(権利行使期間も一年未満しか残っていなかった)が原因で、無価値となった。

(二)  原告は、本件ワラント取引の後においても、平成元年一二月一八日にシステムミックスP無配分配型五〇〇口を売り付け、同月二一日には東邦瓦斯及び十八銀行の転換社債をそれぞれ一〇〇万円ずつ買い付け、後者については平成二年一月一六日に四万三〇七五円の利益を出して売り付けるなどし、その後も従前と同様、被告を介して、転換社債、投資信託及び割引債券等への投資や、1項(四)で認定した各株式への投資を行ってきたが、本件ワラント取引を除いては、ワラントへの投資を行ったことがない。

二  原告が本件ワラントを購入した際の状況についての認定

1  ところで、浅川は、その証人尋問において、原告が本件ワラントの購入を決意するに至った状況につき、要旨次のとおり証言する(以下「浅川証言」という)。

(一)  平成元年一〇月二七日、原告とは一時間強ほど喫茶店で話したが、三共株の受渡しは五分ないし一〇分程度で終わった。その後、原告から、原告名義の口座に残している二〇〇万円で何かおもしろい、短期で儲かる商品を買いたいと言われた。その際、原告から、転換社債を買いたい旨の話も出たが、当時、新規発行の転換社債はなかったので、ありませんというふうに答えた。そして、原告にワラントの説明をした。

(二)  原告は、ワラントについてはよく知らない状況だったので、原告以外の顧客が六〇万円で買ったワラントが三か月で倍くらいの金になったという話や、六〇万円のワラントを買って一〇〇万円になったとか、八〇万円になったとかいう、ワラントを購入後その価格が著しく上昇した例について具体的な話をした。

(三)  そして、ワラントの説明として、当時所持していたワラントの概略とその銘柄を二、三書いてあるチラシ(B四版よりも小さい紙の表面だけに印刷してあったもの)を原告に渡して、ワラントとは新株を引き受ける権利であって、株式の値が上がればワラントも上がるが、現物株式と比較して一層大きな値動きをすること、ワラントは一枚あるいは一〇枚単位で買い付けるが、それは、現物株式の三倍ないし四倍の株式を買い付けるのと同じことである旨現物株式と比較した話をした。また、ワラントはドル建てであり、その行使期限については転換社債でいう償還期限と、行使価格については転換社債でいう転換価格とそれぞれ対比して、転換社債は償還期限が来ると額面が一〇〇万円なら一〇〇万円に戻るが、ワラントは三年半なり四年なりの行使期限が来るまでに行使価格を株式の時価が上回らなければ行使する人がいないこと、行使期限までに株価が行使価格を上回ると思う人が多ければワラント価格は上がるし、下がると思う人が多ければワラント価格は下がると説明した。行使の意味については、転換社債とワラントとは全く異なるので、転換社債は社債部分である額面金額を株式にできるが、ワラントは権利だけの売買であり、新たな資金を投入して行使株数を行使すると言った。ただ、ワラントについて、新株引受権を行使した例が当時なく、ほとんどが転売であったので、ワラントの値段が一ポイントでも二ポイントでも上がればいつでも転売でき、値上がり分が利益になると話した。

(四)  原告からは、ポイントとは何かという点、行使期限の点、転売できるのかどうかの点及び為替によってどうなるのかの点について質問があったので、ポイントについてはワラントの価格をポイントで表示すると説明し、為替については円高で買って円安で売れば為替差益がプラスされると説明した。その結果、原告は、ワラントについて理解した。

なお、原告に対して、行使期限を過ぎればワラントの価値は零になること及びワラントへの投資額全額を失う危険性があることについての説明はしなかった。

(五)  原告に対しては、本件ワラントの銘柄を含め、業績の良い銘柄をいくつか上げたところ、原告は、二〇〇万円で買える範囲で買おうということになったが、価格に変動があるので、そのときには具体的な銘柄までは決まらなかった。その際、原告は、「少ない金額なので勝負してみよう」あるいは「遊んでみよう」という趣旨のことを言った。

(六)  平成元年一一月一日午前九時半か一〇時ころ、原告に電話をし、十条製紙と三菱化成を合計一九七、八万円で買えること、行使期間は三年半くらいあること、行使価格及び行使株数は、十条製紙が一三八〇円で二四〇〇株、三菱化成が一二五五円で五〇〇〇株であると説明し、原告の承諾を受けて購入した。翌一一月二日に売買の成立を伝えるため原告方に電話をしたが、留守であったので、留守番電話に約定金額と、受渡しをしたいので連絡が欲しい旨録音しておいた。

(七)  その後、本件ワラントが値下がりしたため、原告と会ったときにその状況を話したが、その際、原告は「戻るのかなあ」と言っていたので、「もう少し様子を見ましょう」と言った。

平成二年八月か九月ころ、原告に対し、本件ワラントの行使期間が残り少なくなったので、現金を足し増してでもその残存行使期間が長いワラントへの乗換えを勧めたが、原告から、そこまではしたくないので様子を見るように指示された。

2  それに対し、原告は、その本人尋問において、本件ワラント取引をした経緯について、次のとおり供述する(以下「原告供述」という)。

(一)  平成元年一〇月二七日に喫茶店で浅川と会った際、その当時原告名義の口座にあった現金二〇〇万円で転換社債を買いたいと言ったが、浅川から「一〇日くらいしたら、また良いのが出るから言います」などと言われたので、右の二〇〇万円は転換社債を買うためにそのまま置いておこうと考えた。喫茶店を出て歩いているときに、浅川から、ドルのことや、「ポンド」あるいは「ポイント」という言葉で、短期間で何割か儲けた人が沢山いるし、ドルのそれが一番人気であるなどと言って、何か商品の勧誘をしてきたが、転換社債を購入しようと考えていた上、為替云々のことがよく分からなかったので、乗り気ではなく、浅川の勧誘については真剣に聞かなかった。

(二)  その後、被告から本件ワラント取引についての報告書が郵送されてきたのでびっくりし、被告に電話をして、浅川に対し、「人の金でこんなん勝手に買ったらあかんやん」と言うと、浅川から「絶対に良い銘柄なので心配せんでくれ」と言われたので、「買ったならば仕方ない。元本だけは保証するようにしてくれ」と言った。浅川は言い訳をしていたが、それは聞かずに自分から一方的に電話を切った。

(三)  その後浅川から何の連絡もなかったが、平成元年一二月一八日、年越しの準備費用を捻出するため、被告に対し、システムミックスP無分配型(投資信託)の売却を指示し、同月二一日、その利益金九〇万円余りを受け取るため、浅川と会って、その際、本件ワラントについての受渡しも行った。その際、何か書類に署名捺印をしたが、何か購入した際にはかならず印鑑が必要だったので、「もう買ってあるんやから仕方がないなあ」などと言いながら捺印した。なお、この際、原告は、ワラントとは、転換社債のようなものだと思っていた。

(四)  その約一年後(平成二年暮れないし平成三年初めころ)、知人から、「ワラントなんてわら(藁)みたいなものや、花子さん買うてないか」と言われたので、家に帰って報告書を見て、初めてワラントを買ったと判り、浅川に確認したところ、「僕もこんな商品だと思わんかった」と不安なことを言うので、「ちゃんとしてほしい」と言ったところ、浅川から「期限がまだあるから、乗換えしたら良い」と言われたので、取りあえずは安心した。平成四年七月に浅川が転勤することになったときも、乗換えをすれば元本は確保できると思っていたので、浅川に乗換えの手続をしてほしいと言った。ところが、浅川は、乗換えの手続をしてくれず、浅川の後任の田代に乗換えの手続を頼んだところ、「もうゼロで、紙屑と一緒。乗換えできない」と言われ、初めて本件ワラントが無価値になっていることを知った。

3  以上のとおり、浅川証言と原告供述は大きく異なるので、まず浅川証言と原告供述のそれぞれの信用性について検討するに、浅川証言には、次のような疑問点が存する。

(一)  原告は、本件ワラント取引をしたとされる時期まで、一項1(三)で認定したとおり、新規発行の転換社債を一回につき一〇〇万円ずつ購入して、短期間の後にそれを売却することにより、半月に四割近い利益を出したこともあり、他にも一、二か月で二割程度の利益を出したこともあったのであって、原告が、平成元年一〇月二七日に浅川と会った際にも、新規発行の転換社債を買いたい旨の申出をし、実際にも、その後同様の転換社債の売買をして利益を得ているのである。そうすると、原告が、どうして右の際に限って、実績のある転換社債に投資するのではなく、1項(五)に指摘されているように、二〇〇万円というそれまでの原告の投資方法において、とりわけ少ない金額でもないのに、「少ない金額なので勝負してみよう」あるいは「遊んでみよう」という心境になったのか、理解に苦しむ。

(二)  また、もし、原告が、浅川証言で述べられたように、「勝負してみよう」と言うほどワラントの値動きが大きく、また、危険性も高いことを理解した上、短期に利益を得ようとして本件ワラントの購入を決意したとするならば、原告としては、当然、短期間に本件ワラントを転売して利益を得ようと考え、その買付け直後からその値動きに注目し、その売却時期について真剣に検討したはずである。しかるに、原告は、一項2(二)で認定したとおり、平成元年一一月一日に本件ワラントの買付けがなされて以降、本件ワラント取引についての報告書が被告から送られてきた時期(浅川証言によると、早くとも一一月一〇日ころであると考えられる)まで、一切被告に連絡を取らなかったのであって、この事実は、右浅川証言とそぐわず、不自然である。

(三)  さらに、原告は、一項3(一)で認定したとおり、平成二年に入って株価の変動(特に下落)が激しくなっても本件ワラントの売却を指示せず、結局、残存行使期間が一年を切って、本件ワラントが無価値になるまでそのまま本件ワラントを保有し続けた。しかしながら、1項(三)で指摘したとおり、浅川が原告に対し、ワラントの行使価格(これは、通常、ワラント発行時点での株価の時価よりも高い)を株式の時価が上回らないとワラントを行使する人がいない(新株式会社引受権としての価値がない)と説明していたとするならば、原告としては、平成二年から平成三年にかけての株価の下落(平成元年一一月一日ころの日経平均株価は三万五〇〇〇円台であったのが、平成二年暮れから平成三年にかけては二万五〇〇〇円を割っていた)に直面して、本件ワラントの行使期間内に再び平成元年一一月当時の株価に戻ることはないのではないかと危惧し、二〇〇万円近い本件ワラントへの投資資金全額を失うことを前提として会話を浅川と交わしてもよさそうなのものである。

しかるに、1項(七)で指摘したとおり、浅川証言によると、原告は、平成二年八月か九月ころに至っても、本件ワラントに関し、もう少し様子を見るよう指示していたに過ぎないというのであって、原告がワラントの性質について理解していたという浅川供述には疑問がある。

4  以上に対し、原告供述には、取り立てて疑問点はなく、むしろ、右に指摘した浅川供述についての疑問点も、原告供述のとおりの事実があったとするならば解消する。たとえば、3項(二)の点は、2項(二)で指摘したように、原告が、本件ワラント取引について、被告から報告書が送られてくるまで知らなかったとすれば理解できるし、3項(三)で疑問点として指摘した、原告が本件ワラントが無価値になるまで本件ワラントを保有し続けたことも、2項(二)に指摘したように、原告が、本件ワラントに投資した元本は保証されていると理解していたとして初めて了解できるものである。してみると、原告供述は、浅川供述と対比して、その信用性が高いといえる。

そうすると、原告は、本件ワラントの買い付けを指示しなかったのに、浅川において、原告名義の口座にあった現金を原告に無断で出金し、本件ワラントを原告名義で購入した後、ワラントの何たるかを理解しない原告から、本件ワラント取引についての事後承諾を得たものと認定できる。

なお、一項2(三)で認定したとおり、浅川が原告から本件ワラント取引について事後承認を得た際にも、浅川は、単に取引説明書を交付しただけでその内容を説明することもなく、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名捺印させたに過ぎないのであって、右確認書に原告の署名押印があることをもって、浅川が、原告にワラント取引について理解させた上で本件ワラント取引の事後承認を得たものとは認定できない。

5  更に、付言するに、仮に浅川証言が信用できるものであったとしても、同証言によって指摘されているワラントの勧誘方法には、次のとおりの問題点があり、仮に原告が右のような勧誘を受けていたとしても、原告において、ワラントの性質につき理解できたものとはいえない。

(一)  原告は、特に証券取引について詳しい知識を有するわけではない主婦であって、本件ワラント取引を行うまでに、若干の株式投資はしたことがあったものの、いずれも比較的有名銘柄の現物取引であって、さほど投機的な取引を行ってきたわけではなく、その他は元本が保障され、あるいは保障されていると一般に理解されていた割引債券等、転換社債及び投資信託を購入してきたに過ぎない者であった。

(二)  しかるに、浅川は、1項(二)ないし(四)で指摘したとおり、原告に対し、ワラント取引の危険性(株に比べて値動きが激しく、株価が権利行使価格を上回らないという見込みが生じると、実質的には無価値となり、特に、行使期間が満了すると絶対的に無価値となって、投資資金の全額を失う)については特に説明せず、単にワラントの概略とその銘柄が書いてあるチラシを示しただけで、購入したワラントを転売して短期間に大きな利益を上げた顧客があることの話や、現物株式の三、四倍の投資効率があること、為替でも有利な点があることなど、ワラント取引における有利な点のみについて具体的な説明をしている。

(三)  1項(三)で指摘した通り、浅川は、ワラントの行使期限について、その実質的な意味が全く異なる転換社債の償還期限と対比して説明し、額面金額が確保される転換社債とワラントが同様のものであるかのように誤解されるおそれのある説明をしている。

三  本件ワラント取引の違法性及び被告の責任について

1  一般に、ある商品の売買契約を締結する際には、買主がその商品の特性について十分に理解している場合は格別、そうでない場合においては、売主は買主に対し、その商品が特定物であってそれを示すことができるのであればそれを示し、不特定物であればそれと同種の物を示したり、示さなくともその特徴を説明したり、カタログを見せたりして、その商品の性質を真実ありのままに示すべきであって、その商品について虚偽の説明をするなどして、実際に右商品を購入した買主が不測の損害を被ることのないよう注意すべき義務が存するものといえる。

殊に、証券商品は、その実体が証券に化体された抽象的な権利であるから、現物の株式等一般人にもその権利内容がおおよそ理解されている場合や、特に買主において証券商品についての詳細な知識を有する場合は格別、そうでない場合には、証券商品の売主(あるいは売買契約の取次あるいは仲立人。以下、単に「売主」という)において、その買主に対し、その権利の内容について明確に説明し、買主に対して十分にその権利の内容について理解できるようにして、買主に不測の損害を与えないようにすることは不可欠であって、売主における商品についての説明が真実と異なり、あるいは不十分であったため、その商品の買主に対して不測の損害を与えた際には、売買契約における付随的義務ないし保護義務違反に基づく債務不履行を原因として、その信頼利益についての損害を賠償すべきであり、また、買主が右損害を被ったことについて売主に故意又は過失の認められる場合には、不法行為を原因として、右売主の説明懈怠と因果関係の認められる買主の損害について賠償をすべき責任があるものと解される。

2  そして、二項の認定事実によると、浅川は、原告がワラントの特質について理解できていないことを知り又は知り得る立場にありながら、原告に対し、証券商品としてのワラントの特質について何らの説明も行わないまま、先に浅川において原告に無断で被告と原告間に売買契約の外形を作出しておいた本件ワラントの原告による買い付けについて事後承諾させ、右売買契約を成立させたものといえる。

そうすると、浅川は被告の外務員であって(一項1(二))、被告の義務の執行として原告に本件ワラント取引の事後承諾をさせたものといえるから(二項2(二)、(三))、被告は原告に対し、本件ワラント取引についての債務不履行責任を負う(証券取引法六四条一項)のみならず、民法七一五条により、浅川が本件ワラント取引についてなした不法行為による損害についての賠償責任も負う。

四  原告の損害について

1  原告は、本件ワラント取引の際、浅川から、ワラントの特質について何らの説明も受けず、投資元本の保証される転換社債のようなものだと考えていたところ(二項2(二)、(三))、浅川においても、本件ワラント取引当時において、原告が、主に割引債券等や転換社債及び投資信託等、元本が保証される証券商品を購入していたことを知っていたのであるから、原告の右認識を予見し得たものといえる。そうすると、浅川の説明懈怠を理由として被告に賠償を行わせるべき原告の損害は、原告が本件ワラント取引において投資した元本と、本件ワラントの現価との差額であるといえる。そして、一項3(一)で認定したとおり、本件ワラントは、平成四年七月ころには無価値となり、以後現在に至るまで無価値のままと認められるから、被告は原告に対し、原告が本件ワラント取引において投資した元本である一九七万九三一二円の損害を賠償すべきである。

2  また、弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟を提起するに当たり、原告代理人に対し、少なくとも三〇万円の弁護士費用を支出したものと認められ、右弁護士費用も、浅川の不法行為と因果関係のある損害といえるから、被告は、右三〇万円を原告に対して支払うべきである。

五  結論

よって、被告は原告に対し、四項1、2の合計額二二七万九三一二円及びこれに対する不法行為の後で、損害額の確定した平成四年七月ころの後である平成五年三月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金額の支払をすべきである。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用する。

(裁判官 森脇淳一)

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